情報を集めたら、とにかくやり始める。(和田清華)

2005年11月18日

やりたいことに関する情報を集めはじめると、途端に怖くなる時期というのがある。今まではイメージで楽しいことばかり想像できたけれども、実際にやろうと思った瞬間に足はすくんでしまう。

これは当然のことで、バンジージャンプを思い浮かべてもらえればすぐわかる。

高いバーに上る前は、「どんな高さだろう」と、
期待と興奮で気持ちは高まっているけれど、 いざビルの7階に相当する高さの上に立ち、下にあるマットをはるか遠くに感じたときには、どんなに心臓に毛が生えている人であっても、足がすくんでしまう。

情報やイメージというのは、体験には及ばないということなのだ。自分の目で見たものが、一番インパクトがあり、恐怖もそれだけ大きく感じるということ。


言い換えると、何かをしようとしたときに、恐怖を感じ始めたら、もうそれはかなり近くまで来ているという証拠だ。

まさに舞台の袖で今からステージに出て行く女優のように、ドキドキを胸に秘めながら出番待ちをしているということ。もう観客という安全な場所ではなく、自分が主人公となって何かをしようとしている印。


だから、恐怖を感じたら、もう少しだと思えばいい。情報を集めて怖くなってきたら、怖くてもその中に踏み込む勇気をもってほしい。そこで諦めたらもったいないから。本当はやりたいのに怖くて逃げてしまったというのでは、やって失敗したときよりも、悔しさは倍だと思うのだ。

私が起業したときも、具体的に会社を作ることになって、動き始めてからの方が怖かった。

会社員時代に「起業したいな、何かしたいな」と思っているときというのは、夢を夢みている少女のように、妄想が膨らんでいた。現実と直面しなくていい分、いいことばかりが頭に浮かぶ。朝起きなくてもいいんだ、自分で好きにできるんだ、会社名何にしようかな・・・と、美味しい部分にばかりフォーカスしていたと思う。

でも、実際に情報を集めていくと、現実の困難に直面したのだ。お金はどうするのか、会社の場所はどうするのか、社員への給料は?など、対処しなければならない問題がどんどん出てくるのだ。情報を集めると全体像が見えてくるから、よりシビアな面も知るようになる。

現実を目の前にして足がすくんだとき、私は思った。このまま、飛ぼう、と。怖くても怖いままやる。それが、その怖さを通り抜ける唯一の道であり、誰しもが通らなければならない最初の関門なのだ。

 

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