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現状維持する方が怖かったから、新しい世界へ飛び出せた

■インタビュアー:和田清華さん著書「その夢はいつやるんですか?」(ゴマブックス刊)を読ませていただきました。大学時代に、作家の中谷彰宏さんの本を読み衝撃を受けて、京都から東京へ、ポンと飛び出して行けたのがすごいなと思って。怖いと思っても、それでも進んだというのが、すごいなと思ったんです。怖くないのかなって。

■和田:当時(22歳)、京都で大学と専門学校に通い、経済学と簿記などの勉強をしていました。でも、キライだったんです。親を喜ばせようと思ってやっていたところがあって。だから、そのままでいる方が怖かったんです。好きな道に進むのと、現状を維持するのと、両方怖いんだけど、より怖さが少ないのが好きな方に思い切って方向転換して進む道だったんですね。このままじゃイヤだという気持ちが強かったので、背中を押すエネルギーになったんでしょうね。だから、今の状況がイヤだと思っている人は、何かをすることに対しては、それだけで追い風なのです。

新しい未知の世界に飛び込むのは、もちろん怖い。でも、このまま今がずっと続くのは、もっと怖い。そうしたら、追い風も吹いているし、1歩踏み出してみた方が楽という思考回路だったんです。準備も何もないけど、とりあえず東京に行ってみよう!という気持ちで上京しました。京都の同志社大学4年生のときです。

 

 

22歳で上京し、前職の出版社へ入社

上京し、就職活動をしたのですが、まったくダメ。もう内定が出たあとで、活動時期は過ぎてるし、小さな出版社に電話しても断られ続けました。結構落ち込んだのですが、もう後もないですし、もがいていたんですね。そうしたら、「ホテル業界就職講座」というイベントを見つけたんです。その講座の担当の人が、中谷彰宏さんの編集の人と同じ名前だったのです。きっとこの人だとなんだか確信がありましたね。小さな会社のようでしたし。その編集者のKさんに直接会いに行くために、ホテルなんて興味もまったくなかったのですが、参加をすることにしました。

Kさんを見つけて、「すみません。私、中谷さんの編集をしたくて京都から出てきたんですけど」と言うと、「へぇ〜、おもしろい行動力だね」っと、話を聞いてくれて、「会計士の勉強をしていたけど、やめて上京してきて、中谷さんの編集がしたくてKさんに会いに来ました」「え、俺に会いに来たの!?」「そうです。お給料いらないので働かせてもらえませんか」という感じ。Kさんは、「じゃあ、明日社長に紹介するよ」とつないでくださったのです。次の日に社長に会って気持ちを伝えると、「最近珍しい子だね。やる気満々で。いいよ、来週からおいでよ」と即答。こんな流れで、オータパブリケイションズというホテル業界の専門出版社で働くことになったんです。

 

 

1歩踏み出すキッカケ作りとして、セミナー事業を始めた

■インタビュアー:2年間、その出版社で働いた後、独立して会社を作る段階で、「自分の出版社を作りたい」と思ったんですね。

■和田:若かったんですよね。すぐできると思っていましたけれど、資金力がなかったんです。25歳で貯金も人脈もそれほどなかったから。それで、業種転換して、講演やセミナーを開催したら、そっちが大人気になったんです。毎回満席で、驚きましたね。

もともと、人を励ますのが好きでしたから、会社のミッションを、「一歩踏み出すきっかけを作る」と決めました。夢があるけど、勇気がない人の背中を押してあげられるようなことができればと思って。ま、夢はなくてもいいんですけどね。夢って進んでいるうちに見えてきたりするものだから。まずは、1歩踏み出すことって、とても大事だと思ったのです。

その後、講演やセミナー以外でも、連続講座をしたり、キャリアデザインの講座をしたり、ワークショップを開いたり、企業研修をしたりと、この4年間で少しづつ領域を広げてきました。

 

 

子供がいても、大丈夫。好きな仕事がきっとできる

■インタビュアー:今、お子さんが2人いらっしゃいますが、04年に1人目の赤ちゃんが生まれたとき、「私には夢がある」に「ママ部門」を立ち上げましたよね。その時にどう思って、これからどうしようと思われたのか、教えていただけますか?

■和田:子供を産んで休んでいる期間に、外に向かうエネルギーが、蓄えられたんですね。それで、子供を持ちながら仕事をしている人(自分を含む)に対して、何か勇気が出るようなメッセージを発信できないかなと思って、作りました。

子供ができたのって、自分にとって荷物が増えたような感じだけど、増えれば増えるほど、前に進む力が私につくんです。止められれば止められるほど行きたくなるというか、ダメって言われるとやりたくなる、そういうあまのじゃくなところがあるかもしれません。

子供いても、仕事だってできるし、もっともっと楽しく生きられるんだというこを、私自身が証明したいですね。あきらめてちゃもったいないから。今、子育てママ向けに、そういうメッセージを込めて連載をしています。

 

 

心に秘めたやりたいことは、時期が来ると、浮かび上がってくる

■インタビュアー:やりたいことというのは、エネルギーが湧いてきたときに突然湧いてくるんですか? それとも、ずっと温めてきていて、時期が来たぞ!という感じですか?

■和田:いきなりぱっと思いつくことはないですね。一度は頭をよぎったことがあるけれど、意識を向けていなかったことが、時期が来てふと浮かび上がってくるという感じです。

本も「よし、本を書こう!」と、いきなり思いついたのではなくて、大学生のころから本をいつか出すときのためにと思って、原稿を書いていましたね。自伝も、誰に頼まれるわけでもないのに、何回も書いているんです、私。思いつきで行動しているように見えて、すごく長い間、自分の中に秘めて、こっそり準備しているタイプですね。

今、レストランを作りたいと思っていて、それも人には言っていないんですよ。作ったときは、思いつきで作ったように見えるかもしれない。でも、5年前から思っているから、今から10年後にやったとしても、15年も思っていたことなんです。そのために、今から、こんなサービスがいいな、インテリアはこうしてああして、とメモしているんです。結構努力家でしょ(笑)。

 

 

講演を100回するまでの軌跡

■インタビュアー:ご自身でも講演をされていますが、それは依頼を受けて始められたんですか?

■和田:会社を作って1年ほどしたころ、自分でもやってみようと思ったんです。自分が企画して講演者を招くイベントを何十回も開催したので、話して人に伝える仕事って素敵だなって思ったんですね。

でも、講演したくても、誰も依頼してくれない。そりゃそうですよね(笑)。誰も初めての人にチャンスをくれないですよね。ド素人ということだから。それなら、自分でチャンスをいただけるように、お願いしていくしかないと思ったんですね。誰しも最初ってあるんだけれど、その最初って、自動的には来ない。自分で前に1歩出て行くことがやはり大切ですね。

それで、「こんな講演ができるので、最初は無料でいいのでやらせていただけないでしょうか」というメールを、各種団体や大学、NPOとか、そういう講演を主催しているところに送りました。そこから依頼が来て経験を積ませてもらったんです。そうすれば実績ができるから、どんどん実績をためていくと、だんだん依頼が舞い込むようになったんです。自主開催の講座も含めると、100回くらいの経験を積ませてもらいました。

 

 

セッターとして、人を励ます人になりたい

■インタビュアー:先ほどの話の中で自己表現と言うのが出てきましたが、セミナーや講演、本を書いたりというのは、自分を表現する方法として仕事になっているという感じなのですか?

■和田:自己表現の1つをしている感じはありますね。ただ、アーティストが自分を表現したいというのとは別ですね。自己表現というよりは、人の役に立つために、自分ができることをさせてもらっているという感覚でしょうか。自己表現をするという意味ももちろん含まれているけど、何か人の役に立てないかな、落ち込んでいる人が元気になってもらえないかな・・・じゃあ、文章で伝えてみよう、講演してみよう・・・という感じです。表現が先ではないということです。こういう表現が、今の私には一番ピンと来るということではあるんですけれどね。それも年とともに変わってくるとは思いますよ。

私はバレーボールでいうと、セッターのようなところがあって、誰かにトスを上げたい人で、人を励ましたい人なんです。人を励まして、人が元気になるのを見ると自分も元気になるタイプなんです。いろんな人がいるけど、私はそういう人だと自己認識しています。だから、何かをやるときは、1人ではなく、チームでやるとすごく楽しめる。人を元気にするような何かをしていると、私自身も喜びを感じられる。私の場合、その1つの手段が講演であり、本であり、セミナーやワークショップなんですね。

 

 

今後の展望

■インタビュアー:これから、こういうことをやっていこうというのはありますか?

■和田:これからの方向性としては、これまでの4〜5年、いろいろな体験をしてきたので、それを言葉にまとめて、人に伝えていけたらと思っています。しゃべるということはしてきたけど、文章にして。だから本も2冊目を書いているし、いろんなところで連載もしているので、そこで表現していく。

これまで、何百人という方の講演を聴いてきて、たくさんのことをインプットさせてもらいました。自分の中でいろんな情報や気持ちが貯まってきているので、それを人に分かるような形で伝えるというのが、この1年です。

それから先は、考えないようにしているんです。子どもも大きくなって動きやすくなるし、今考えるよりも、1年たって考えた方がすっきりとして新しく踏み出せるから。とりあえずこの1年はこれをして、それから先は、ガチガチには決めていないです。

 

 

人のせいにせず、自分が変わっていくと、人生は楽しい。

■インタビュアー:最後に、読者の方にメッセージをお願いします。

■和田:幸せは自分次第ということでしょうか。依存したり、環境に期待しすぎずに、自分が周りを変えて行く気持ちを持つということです。幸せにしてもらうのを待つんじゃなくて、自分から幸せを振りまいていく人。そういうのを自立した人だと、私は思っているんですね。

逆に依存的な人は、自分で変えようとせずに、外の人や環境が変わってくれるのを待っている。変わらないものに対して文句や愚痴を言って、被害者妄想になったりもする。被害者がいるということは、加害者を作っているということなんですよね。会社が悪い、上司が悪いと、外に加害者をおくと、自分自身は悲劇のヒロイン、被害者になれる。努力していないことを正当化できるんですね。このように、問題を外に持っていく依存的な姿勢だと、責任がないから楽かもしれないけれど、楽しくないですよね。

だから、問題意識を自分の中に持ってくること。そうすると、「変えられる」という希望がわきます。自分自身が、今も未来も変えられるという自立した考え方を持って生きていくと、すごく楽しいし、自分で幸せをつかみ取れる生き方ができるんじゃないかと思うんです。私自身もそうありたいと、いつも思っています。

【備考】2006年6月23日に取材したもので、インタビュアーは小紫陽子さんです。抜粋して掲載してありますので、インタビューの全文は、こちらでお読みください。→詳細を見る
 

和田清華(わださやか)

有限会社 私には夢がある 代表取締役
1976年、富山県生まれ。同志社大学卒業。出版社で2年間働いたあと、25歳で起業。会社名は、「私には夢がある」。「はじめの1歩を踏み出す、キッカケを作る」ということをミッションに、主に社会人を対象に、個人の可能性を引き出すサービスを展開。毎月、講師を招いて講演会を企画・運営。またキャリアデザインやコミュニケーションに関する講座を自社で開催するなど、精力的に活動。著書に『その夢はいつやるんですか?』(ゴマブックス)がある。2児の母。詳しいプロフィール→詳細を見る





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