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スタッフの声

「私には夢がある」は、会社というより、NPOや大学サークルに近い活動です。社員は1人のみで、そのほかはボランティアスタッフが協力して運営しています。

以下の人たちは、創業当時から社外協力スタッフとして、活動してくれている仲間。毎度の講演会ごとに、受付や進行を手伝ってくれたり、講演会の企画や講師依頼などをしてくれたり。みな、MLの中で日々の情報のやり取りをしています。どこかに出社したりなどないにも関わらず、コミュニケーションがうまく取れ、心がつながっている一生の仲間です。

 
   
 

「私にも夢がない」(武藤貴宏

  参加者としてはじめて行ったのが、「夢ある」スタッフの講演会だった。 『私には夢がある』という社名を掲げながら、スタッフのほとんどは、「私には夢がない」と誇らしげに言っていて、ド肝を抜かれた。

そして 言い方は違えど、スタッフの言葉に感じたのは、『私にできるのは今を必死に生きること』という生き様の提示だった。「この人達かっこいい」と思い、僕もスタッフにしていただいた。

スタッフになってみて、「やりたかったら一歩踏み出すのはあたりまえ」という「夢ある」文化を教えてもらった。「夢ある」スタッフは一見、みんな優しく癒し系な感じもするが、実際は癒しなどとはほど遠く、「今を生きるという事をとことん追求する、精神的な超体育会系」だと感じている。

ビビリ屋の僕はついていくのが必死だった。でも、みんなに一生懸命ついていこうともがく中で、自分が何者でこの人生をいかに生きるかという事をたくさん考える機会をもらった。今、自分の人生を切り開いている手ごたえを感じているのも、「夢ある」という場と、仲間があったからだと思っていて、とても感謝している。

「夢がある」とか「夢がない」とかを超えて、このいただいた人生をどう生きるのかを、超まじめに、楽しく、必死に、とことん、気楽に、いつも考えている仲間の集まりが、「夢ある」です。気づいてみると、自分の感情を大切にしながら自分の人生を生きるという精神的筋肉がついていました(体育会系なので)。夢あるで生き残れれば、あなたの人生は大丈夫です(笑)

   
 

「自分を深く見つめる延長に、未来がある」(貴田真由美)

  「私には夢がある」。その影響力はすさまじかったと思います。何しろスタッフは、自分を飾るということをしませんから。ダメダメでもとにかく「こういうふうにダメでした」と報告しあう。イタイ自分も隠す気ゼロ。失敗しても誰も笑わない。むしろ、その失敗はアツイ!と絶賛されることも・・・。誰かに認めてもらうだけで、人は勝手に動き出すという現象を目撃しました。

もちろん、よかったことも報告しあう。というか、何でもかんでも話してましたね。気づいたこと、新たに発見したことを言いたくてしょうがなくて。相手の話も発想が展開していくのがおもしろくて真剣に聞いていたし。新しい何かに気づいたときの魅力に比べたら、成功・失敗なんて、まあどっちでもいいやという感じで。こんな楽しいことがあるのに、自分を飾ってる場合じゃないだろう、って。

結局、自分を深く見つめることが、明日の私をつくる。その延長線上に未来はあるんだ、ということを教えてもらいました。
   
 

「夢あれ」(多苗尚志)

 

会社や組織というものは、それがもつ目的というところにフォーカスが集まる。なにをしている会社なのか、なんのための組織なのか…。
だが、どんなメンバーがいる組織なのかという視点でみてみた時、また違った見え方が現れてくる。

組織の構成員、雰囲気をみて、「ああこの組織はステキだ」とかいう評価が可能なのだ。
「私には夢がある」という組織に集まる人々はみんなステキだ。しかしこれはニワトリタマゴのような感覚があり、「ステキな人が集まった」から「夢あるがステキ」なのか。「夢あるがステキ」だから「ステキな人が集まった」のかわからない。

たぶん、両方であろう。

確かにステキな人たちが集まっていた。しかし互いに、内面の深淵までさらけ出して語り合ってみると、この組織はなんだか心に傷を持った人たちばかりの集まりではないかと思えたこともある。
だが、長い時間をかけ、それぞれはそれぞれのやり方でそれぞれの傷を
克服していった。なぜ、克服できたか。
もちろん「私には夢がある」という場がセミナーを主体にやっていたから「ステキな人に出会いたい」、「人からなにかを学びたい」というバックボーンがあったことは間違いない。だが、そうだとしても、得たものを本当に自分の血肉にするためには必ず、受身から能動へとシフトしなければならない。最後に自分を変えるのは結局、自分なのだ。
 それに気づいていたか、気づきかけていた人たちが集まっていた。集まった人それぞれがそれぞれにステキだから、色々なでこぼこを持った同士、勝手に自分に足りない部分を補い勝手に補いに利用されたりして自分を生まれ変えていった。

踏み出してみませんか。この新しいステージに。受身の人間関係さようなら。自分から踏み出すのです。自分で人間関係を作るのです。

「夢」とはなんだろうか。これは「私には夢がある」のスタッフ1人1人が常に考え続けるテーマ。
「自分の会社を持つこと」「小さい頃からの目標を達成すること」それももちろん夢。
しかしどんな夢であれ、それを達成する時に必ず通る道は「自分で自分を生まれ変えること」であり、まさしくこれを夢の定義としてみたい。

すばらしい人間関係が、すばらしい機会が、「私には夢がある」にはある。でも、それを本当に活かすことができる人は「自分で自分を生まれ変えること」を知っている人。
その夢はいつやるんですか?一歩踏み出してみませんか。あなたにも夢
があれ。

   
   
 

「時間より密度」(紺野大輝)

  夢あるスタッフはなんといってもコミュニケーションが深い。相手の中にどんどん踏み込んでいく。そこまで入っていいの?というところまで踏み込んでいく。遠慮はしない。だから、時にはぶつかり合うことも出てくる。しかし、それも恐れない。見ているのは、その先にある未来の関係性だから。なので、この中では飾る必要が無い。素直に自分をさらけ出すことができる。

そして、夢あるスタッフは現状に決して満足しないのも特徴だ。例えば、セミナー終了後は「もり会」というのが開催されることも多い。これは「もっとよりよくするために何ができるか」を考える会だ。どんなに良かったと思えるセミナーも改善点は必ずある。「満足」という言葉とは無縁の人々だ。そしてセミナーだけでなく、それぞれ個人の人生でも今に満足せず常に前を向いて歩いている。そういう仲間がいるのは大きな支えになる。

スタッフとしてどれだけ時間的に関われるかはそれほど重要ではない。時間よりも密度。そして、精神的にどう関われるかを大切にしている。個人の人生を大切にしながらも、夢あるというフィールドで何かしたい、挑戦したいと思う人にはチャンスがたくさんある組織だと思う。

【備考】写真はホノルルマラソンを2度目の挑戦で完走したときのもの。

   
 

「スタッフとしても、主催者としても関わって」(萩の由美子)

  「夢ある」と出会えたこと。本当に感謝しています。私にとって、「夢ある」は、とっても居心地のいい場所です。それは、「自分のままでいていい場所」で、自由でいられるから。普段、自由じゃないのかと聞かれると、そうではないのですが、好きなことを好き、と言える心地よさが、「夢ある」にはあります。

私は、和田清華の大学時代のバイト仲間でした。上京し中谷彰宏さんの編集をして、その後この会社を作った。和田が遠くへいってしまったなあと、さみしくなりましたが、なんのことはない、本人は、全くそのまま。社長となった和田に、私自身が壁をつくろうとしていたんだなと気づきました。とはいえ、どんどん次のステージへいって、パワーアップする和田は、私にとって光そのものです。

私は京都に住んでいるのですが、中谷彰宏さんの東京での講演や夢予備校にスタッフとして参加しました。東京のスタッフとは、めったに会えないのだけれど、なぜか繋がっている気がしています。はじめて会うスタッフも多かったにも関わらず、すんなり入れました。不思議なところです。

この講演で、初めて、生・中谷さんと接して、魂ごともっていかれた私は、「大阪にも、中谷さんを呼ぼう」と決意しました。自分の意思で何かをしたいと思って、行動を起した初めてのことでした。それは、今まで傍観者だったなと気づいた瞬間でした。

今でも、この時のことを思い出すと、信じられないのですが、「誰か大阪で、中谷さんの講演してくれないかな」から、「私が呼ぼう」と気持ちが変化したのは、「夢ある」のセミナーや講演会で、いろんな方のお話を聞いていたからというのもありますが、やはり、実際に、運営している和田や岩崎を見てきたからだと思います。

中谷さんに講演のOKをいただき、大阪で開催するにあたって、東京のスタッフのように、大阪でも通じ合う仲間が、できたらなと思っていました。大阪の中谷彰宏夢予備校も、連続講座で、1年間の長丁場となりました。スタッフも、1年間全部予定を空けてくれて、毎回、来てくれて、事情で自分が参加できない回があるときは、次のスタッフを探してきてくれました。なんて人たちが集まったのと、心を揺さぶられる思いでした。

この「夢ある」では、スタッフとしてお手伝いさせてもらったのと、もう1つ、主催者側で、直接講師の方とやりとりをして、今度は、スタッフを引っ張っていく立場と、両方を経験させてもらいました。それを許してくれた、和田・岩崎に心から感謝しています。

   
 

「これからもずっと・・・」(清水宣晶)

  「夢ある」との関わりは、その設立前、和田清華と岩崎久美とよく一緒に遊んだり、話しをしていたりしたことがきっかけで始まりました。

会社を立ち上げたばかりで、セミナーを開催するにも人手が足りないような時、色々な人が運営を手伝ったり、力を貸したりしている間に、いつの間にかスタッフの人数が増えていき、それに従ってセミナーの規模も内容も進化していくという流れが出来上がっていきました。

それぞれがみんな、本業の仕事を持ちながら、本業の仕事以外の時間に「夢ある」のスタッフとして協力をするというスタイルで、同年代の人達が集まっていたこともあって、交流も頻繁な、活気のある場になっていたと思います。

7年という時間の中で、「夢ある」を通じて出会った人や、そこでみんなで集まって語り合った経験というのは、今の自分にとてもたくさんの影響を与えてくれました。「夢ある」という組織は、これまでずっと変化を続けてきて、この先も新しいことをやり続けると思いますが、これからもずっと、その時々の活動に関わっていきたいと思っています。

   
 

「自分の人生しか生きられない」(山本恭子)

  「夢ある」のお手伝いを始めたきっかけは、会社を立ち上げた和田清華さんが、社外の人に依頼講演するスタイルを確立したあと、自分自身も語り始めた最初の講演会で、彼女自身が受付をして、お金の管理をして、と働いているのを見て、これは大変そうだなあ、何かお手伝いしたいなあと思っていたところ、しばらく経って和田さんのほうから「スタッフをやってみないか」という声がかかり、お引き受けしたのが始まり。

ただし彼女のお誘いは、何も人手不足で困っているからということではなく、社会人3年目で所属していた部署から外されたと思って後ろ向きになっていた私を、シャンとさせたいという思いやりからだったのではないかと今は思う。

「夢ある」と関わると決めたときから、人生の軌道が確実に変わった。そんな感じがするとかそう思うとか、そういう曖昧なことじゃなく、それはもう、確実に。

とはいえ実際に私が携わったことは思い出そうとしてもほとんどなく、「夢あるスタッフ」であるという位置をいただいていただけだったというのも事実。何も貢献できたことがなくて、いまこうして改めて振り返ってみると「夢ある」にも和田さんにもスタッフの仲間たちにも申し訳ないと反省するばかりであります。

* * * * *
10代のころ、将来なりたいものは?と訊かれたりすると、ひねくれて「シロクマ」なんてこたえていた・・・これはきっと現実逃避。なりたいものがあったときもあったけれど、口に出せばことごとく親や先生や周りの人に「無理無理」と軽くあしらわれ、だんだん本音がいえなくなっていった。それどころか「言わない」本音はだんだん自分でも見えなくなってしまった。

高校の卒業文集には仕方なく「素敵な人になりたい」と書いた。その時点ではっきりした「素敵」が思い浮かばなかったので、ぐだぐだと「そのときどきの自分が良いと思う自分」であればよいというようなことを書いた。

その頃の自分と今の自分、比較してみると、たいして変わっていないことに驚く。

最近髪を切った。三重へトランペットを吹きに行って、その帰り名古屋でちょっと空いた時間に通りがかりの初めて行く美容院で。美容師さんを困らせて申し訳なかったけれど、良いお天気だったし気分を変えたい一点以外、何も考えていなかったので「お任せします。どんな風でも怒らないから」と言ってお願いした。

その後1,2週間のうちに高校時代の友達・大学時代の友達と再会したら、変わらないね、髪形さえも同じだって。

なんだかおかしかった。人はそうそう変わらないのだ。

でも。消極的に、言葉が思い浮かばないために、原稿用紙を埋めるために、書いていたあの頃の自分と、今32歳になってさえ「なりたい自分」がやっぱりわからないでいる私、だけど今は積極的に「わからない」からこそ自分の人生を楽しんでいる自分とは、だいぶ違うってことを知っている。

学校を卒業していろんな人に会ううちに、人は自分の人生しか生きられないってことがよくわかった。「夢ある」で学んだのはそういうこと。

   
 

「夢ある」と私(本田美佳)

 

「夢ある」と出会ってから今まで、何か貢献できたことがあったかな? と考えると、ほとんどなかったように思う。そんなミソッカスな末っ子でも、仲間に入れておいてくれる。その懐の深さが、「夢ある」だと思う。

さかのぼること5年前、「面白い名前の会社があってね。社長が若くてかわいいんだよ」 知人の一言に興味が湧いて、「夢ある」のホームページを訪れた。

「ほんとだ!若くてかわいくて、社長だ!」。衝撃を受けた。全ページ、印刷した。エコ派なのに。

それから早速、いちばん早いセミナーを予約した。実際に会った和田社長は、もっとかわいかった。しかも、私のしどろもどろな話を、ニコニコ笑顔で、ウン、ウンと聞いてくれた。わぁ〜、若くてかわいくて社長で、その上、気さくで、話しやすい!

「なんてこったい。こんな天使みたいな人、世の中にいるんだ」と思った。

そして、こんな素敵な人とお近づきになりたい。という下心で、子育て中ゆえ、ほとんどお役に立てそうもないにも関わらず、「何かお手伝いできることはないですか〜?」と、ずうずうしくもお伺いしたのであった。

自分をひとつ褒めるなら、あの時の「この人と知り合いたい。こっちの世界に行きたい」という直感だ。「夢ある」には素敵な人たちが集まっていた。そのご縁がなければ、今の私はなかった。

会社を思い切って辞めることもなかっただろうし、夫の独立を祝う勇気もなかったと思う。頂いたものの、なんと多いことか。「夢ある」ありがとう。出会えたことに、いつも心から感謝しています。

【備考】写真は、騙されて観覧車に乗ったときのもの。怖がり、ビビリ屋がこの写真で伝われば幸いです。

     


飾った自分じゃなくて、ありのままでいられる仲間。



この日はまじめにスーツでしたが、
普段はラフな服装で参加者をお迎え。


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