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  セミナー実施報告  
 

「小さなことにクヨクヨせず、生きる勇気や楽しさがわく話」
〜あなたの「いのち」をどう生かせばよいかがわかる〜

 
    講師:バースセラピスト 志村季世恵
日時:
2004年1月30日(金)19時半〜22時
 
   (19時15分開場、19時半〜21時講演、その後質問タイム&交流会)
場所:
SKIPS(スキップス)
    *最寄り駅:九段下駅、半蔵門駅、市ヶ谷駅、飯田橋駅→地図
    *住所:東京都千代田区九段南2-5-5 イシカワB.L.D九段-4F
費用:5000円(税込・当日払)
主催:有限会社 私には夢がある→詳細を見る
申込:終了しました。
 

 

講師:志村季世恵(バースセラピスト)

 
    1962年生まれ。4児の母。人の誕生から臨終までを見守るバースセラピスト。「こども環境会議」代表。東京・自由が丘「癒しの森」で心にトラブルを抱える人向けに治療を担当。年に数回自己受容のワークショップをしたり、子育て中の親や自閉症やイジメに悩む子どもを対象としセミナーを開催。講演など多数。またターミナルケアにも関わり、人間の誕生から臨終まで見つめたセラピーに携わる。著書に、『いのちのバトン』(岩崎書店)。共著に、俳優の本木雅弘さんの奥様(内田也哉子さん)との対談本『親と子が育てられるとき』(岩波書店)、『自分という自然に出会う』(講談社)などがある。

◇癒しの森 http://iyashi.on.arena.ne.jp/
 

 

内容

 
 

●出来事を受け入れる心の持ち方。
●誰もが「幸せスイッチ」を持っている。
●心と心が通い合う、コミュニケーションのとり方。
●「死」と向き合うことで、深く感じた「生」。
●「誕生」や「子育て」から感じた「生」。
●人間の底力を感じる瞬間。
●一番大切なもの。

 

 

志村季世恵さんの言葉

 
 

●いのちの誕生と死。どちらも両極端なところに存在しているのに、どこかつながりがあることを感じています。死は終わりではない。死んだあと、私たち残された人の心に宿るあの「いのちのバトン」をどう説明したらいいのでしょう。
●時が満ちると、患者さんは自らの現状を受け入れ、周りの状況も見えるようになる。そして問題解決に向けて歩き始める。そのようなとき、何かが生まれる。
●奇跡は、自分や他者を深く受け入れたときに起こる。また、心が孤独な時は起きない。
(※上記は、著書『いのちのバトン』より抜粋)

●悩んでいる人の心の中はまるで、整理されていないタンスの引き出しみたいになっているから、それを少しずつ整理することが大事なんです。私のすることは、私自身も焦らず信じて、その整理を手伝うことかな。いずれにしても、人間が変わるには、ある程度の助走期間が必要なんです。そしてちょっとしたきっかけさえあれば、人はいろんなトラブルから抜け出せるんだと思います。スイッチさえ入れ替えれば、人間はいいところにいくことができるんだよ。
●何か意見を言う時に、苦情や文句とアドバイスを混ぜて言うと、たいていうまくいかない。アドバイスした側も、せっかくよいことを伝えたのにって思ってムッとする。すると目的から外れてしまう。言葉だけではなく、考える時も同じ。何か出来事があったとき、その現実と予想や不安を混ぜて考えてしまうから混乱する。だから、整理整頓が必要。
(※上記は、著書『親と子が育てられる時』より抜粋)

●自分で決める幸せだから、わたしの価値観で判断するものじゃないんですよね。どんな考え方があったっていいと思う。その人なりの答えがあって。わたしは心のどこかで、人って絶対に幸せになる、というのが確立されているのだと思う。死を宣告された病気にかかったから不幸、というわけではないんですよね。たしかに、悲しくてつらいことなんだけど、不幸とは違うような気がするんです。じゃあ、不幸なときってどんなときかというと、自分が不幸だと思っているときなんです。ただ、その渦中ではいろいろとあるから、人が亡くなったら、食事ものどを通らなくなる。

でもそれに対して、嫌だと思わないようにしようとしているんです。自分の肉親が、もしがんになったり、病気になったりしたとしたら、ストレスがたまるわけではないでしょ? 「どうしよう」という不安感はあっても、第三者から受けるストレスではないと思うんですよね。ストレスって家族からはあまり受けないものなんですよね。人の心のケアをする時っていうのは、「あなたが一番幸せだと思うことに対して、そうなるようにお手伝いします」と言うんです。そうすると、みんなそうなるように努力するんです。それで「やっぱり人間ってすごいな」と学ぶ。その「人間ってすごいんだ」ということがわかっていれば、苦しくならないんです。(※上記は、イーウーマンインタビューより一部抜粋→続きを読む

 

 

参加者の感想

 
 

●昨日は、とても充実した時間を過ごさせていただき、誠にありがとうございました。いつも思うことなのですが、受付に始まりお見送りに終わるまで、夢あるのスタッフの皆さんの心遣いはとても心地の良いものです。ぜひ次も参加したいと思います。

さてさて、志村さん。あの周りの人を安心させる雰囲気は天性のものなのでしょうね。とてもリラックスして聴くことが出来、志村さんのお話がまっすぐ胸に伝わってきたように感じます。私は『アクセルとブレーキのバランス』というコトバがとても印象的でした。それまで「もっともっと」と高みを目指し、アクセルを全快にしていたヒト。自分が安心するために、ひたすらブレーキを踏み続けてきたヒト。どちらも、死に目前すると、自分の立っている場所を意識するようになる。

勿論、明日終わる人生なのかもしれないけど、毎日きちんと陽がのぼりそして沈んでいくように、きっと続いていくのであろう未来を考えると、もっともっとと期待をしてしまう自分にとっては「いま選択している運転は、ちゃんと正しいのかな?」などとぼんやり考えるのに、とてもいい機会になりました。まさに、「ぼんやりと」心地よい状態で「生きること」を考えるのにぴったりなお話でした!最後、握手をさせていただいた時のビックリするほど華奢な掌から伝わるあたたかさがこれまたヨカッタ。楽しかったです。ありがとうございました。(M.N)

●金曜日はありがとうございました。志村さんのお話の中で、一番心に残ったのは「自分を受け容れる」という話しでした。多くのビジネス書や自己啓発書では、目標を設定して、それを実現するべく邁進するべき、というようなことが述べられていますが、その考え方にはいつ訪れるかわからない「死」のことが抜け落ちているような気がしていました。 言葉はちょっと暗めになってしまいますが、人は誰であっても生まれた時点から不治のガンを宣告されているようなもので、明日には死に直面するかもしれない自分が、その瞬間満足しているためには、今の自分に足りない部分を探す作業ではダメなのだと思ったのです。志村さんがおっしゃっていた、「逆さま年表」の話しは、「死」が一番最初の前提にありました。「そう、そっちから考えないと、充実した死に方(=生き方)は出来ないんだよなあ」と心の中でスッと納得がいったお話しでした。志村さんのお話を聞いて、生きることの楽しさ、嬉しさをずっと大きく感じられる気持ちになった気がしました。良いお話をたくさん、ありがとうございました。(N.S)

●昨日はありがとうございました。 「死」をスタートとして作る自分の年表、とても共感しました。私自身、昨年24歳にして胃ガンを患い、胃を切除して現在に至っています。幸い早期発見だったので根治できましたが、やはり告知の瞬間は「死」の一文字がよぎりますし、これからも再発が無いとは言えません。今は毎日毎日生きていることがハッピーでとても幸せに生きています。 死から逆算すると今私はどこにいるのだろう、何に向かって歩いているのだろう、と昨日は考えていました。まだうまく言葉にすることができません。でも、これからの「生かされた」残りの人生において私が伝えていくものはいろいろあるのだろうな、と思っています。 今は社会人として働いていますが、将来、どのようにして今の気持ちを伝える立場になっているのかと思うと、とてもワクワクしてしまいます。そんなことを今日、改めて考えました。ありがとうございました。そしてこれからもどうぞよろしくおねがいします。(S.I)

●僕にとって一番印象的だったことばは、『死ぬのがこわいんじゃなくて死ぬってわかったときに、今まで自分が何をしてきたのだろうと思うことが恐い』。僕は自分が死の恐怖に直面した事はないし、身近な人や友人が寿命意外で死んでしまった経験はない。多くの死に直面している志村さんの言葉だからとても響いた。死ぬときは、お金も名誉も地位も持っていけない事は頭では、わかっているにも関わらず、お金や名誉や地位が欲しい自分がいる。現状を感謝するのではなく『もっともっと』という自分がいる。自分の死ぬときの気持ちをリアルに想像できてその気持ちを忘れない人間になりたいと思った。ちょっとずつ。(T.M)

●志村さんの講演、良かったです。自分がここ数年で漠然と悩んでいた「いのち」の在り方について非常にクリアな視点をお持ちの方でした。人が悩んでしまうさまを「落とし穴」に例えて、「上から励ます」のではなく「一緒に入ってあげる」事が解決に繋がるというお話には、深く感じ入りました。自分も経験がありますが、親しい人の死に直面するというのは恐ろしく気が滅入るものです。それを「バトンを受けた」と表現し、悩みながらもそれを精一杯生きる力に変えている志村さんには本当に頭が下がります。志村さんのように、亡くなった方からもらった「生きる力」を僕はまだ周りの人に還元できていません。やはり「いのち」に対する心構えがまだまだ甘いんだなと感じました。同時に、これからの自分の生き方をどう変えられるか、とても楽しみになってきました。僕も大事な人からもらった「バトン」をちゃんと手渡せるように、しっかり、前を向いて、歩んで行きます。本当にありがとうございました。(R.A)

●終わってから、ただただ志村さんにお礼を言いたい気持ちになったとき、なんて言おうって考えたら、どっと涙が出てきました。悲しかったとかそういうんじゃなくて、突然泣きじゃくって、挨拶もしないで帰ってしまいました。なんだろう、志村さん、すごいですね。(K.Y)

●はじめてセミナーに参加させて頂きました。ありがとうございました。「いのちのバトン」をその場で購入したのですが、引き込まれるようにして読んでしまいました。人間てこんな変われるものかと改めて感動しました(事実だからこそ素晴らしいのですね)。また、時間を作って参加したいと考えていますので宜しくお願いします。(K.Y)

●こんばんは。今日も素晴らしい講演をありがとう。志村さんの自然体振りがとても印象的でした。(Y.N)

●今日のセミナー参加させて頂いて本当に感激でした。企画をしてくださった皆様にも大変感謝しております。 志村さんのお話を聞いていて「自分にとって消してしまいたいような過去の辛い経験や失敗や後悔の念も、それに囚われることなく、その経験を誰か他の人の為に役立つようにメッセージのバトンとして渡すことができたら、そこに大きな『意味』が生まれるんじゃないかなぁ」と感じました。(N.Y)

●志村季世恵氏の講演を聞かせて頂いて本当によかったです。「ゴールとして自分はどんな死に方をしたいか?(どんな生き方をしたいか)から今何をすればいいのか」を患者に考えてもらっているという話がありました。これはシンプルですが、とても人生の本質をついていると思います。よく目標をもつことの重要性をものの本ではいってますが、その目標って何なのだろうか?と思うときがあります。それが「自分の死に方」からきている目標なら間違っていることはないでしょう。なぜならそれは自分の理想の夢だからです。また、それができてはじめて「今」を本当の意味で生きているのではないかと思うような気がします。志村さんの行動は過去でもなく未来でもなく常に「今」を見ている。幸せとは過去や未来への不安や恐れから解放され「今」を感じ生きることなんだなと感じました。普段私たちは死を身近には感じていませんが、志村さんを通じ死を考えた時、目の前の人がいるうちに、生きているうちに自分にできることを精一杯やることの重要性を志村さんに教えていただいたような気がします。どのような死に方をしたいのか、もう一度自分の内面と対話していきたいと思います。
 

 

主催者の感想

 
 

●「私には夢がある」の和田清華です。志村さんはバースセラピストという肩書きをもっていますが、マタニティや育児中のお母さんの相談にのる一方で、末期のガン患者など、死に向かう人たちへの心のケアもしてきた人です。生まれてくる人と死に向かう人、まったく反対に位置する人たちのように見えますが、志村さんのあたたかいまなざしは、人生のはじめと終わりにいる人たちの心を支えています。著書の『いのちのバトン』では、志村さんが関わった患者さん達とのエピソードが綴られています。

本の中に、このような一文があります。「時が満ちると、患者さんは自らの現状を受け入れ、周りの状況も見えるようになる。そして問題解決に向けて歩き始める。そのようなとき、何かが生まれる」と。何かを受け入れると、新しく何かが生まれてくる。まさに「生」と「死」も、そのような繰り返しだなあと感じます。生きるということと死ぬということが、つながっているのだと。本当に両極端なことなのに、うまく言葉ではいえないですが、大きな視点でみると1つの流れになっている。いのちは、バトンのように、何かを載せて橋渡ししているような気がします。

志村さんの温かい目線とサポートによって、生きる勇気がわいた患者さんがたくさんいます。志村さんの体験から来るお話をぜひ聞いてみてください。「いのち」に対して、考えてみてください。いま、この瞬間を精一杯生きてほしい。「死」や「誕生」について考えることは、生きていることに対する集中力が増すと思うのです。また、今に対する感謝や、小さなことでクヨクヨなやんでいる自分がかわいく思えたりすると思うのです。人間って強いんだな〜と改めて強く感じていただけたのではないかと思っています。ご参加のみなさま、ありがとうございました。(和田清華)

 

 

「いのち」について、私が最近考えること

再び、「私には夢がある」の和田清華です。最近、子供ができました。04年3月21日予定日です。そんな環境のいま、痛烈に感じること。それは、「いのち」というものの、奥深さ。「生」と「死」について、少し考えてみました。以下、その一部をご紹介します。

科学者、フリーマン・ダイソンは、映画の中で以下のように語った。「この地球上にはじめての生命が誕生した頃、「死」はまだ存在しなかった。細胞は分裂こそすれ、寿命が尽きて死ぬことはなかった。生命がより複雑になってゆくためには、いくつかの要素が必要だった。その1番目が「死」。それこそが、未来が過去と違ったものになることを可能にしたのだ」

また、遺伝子研究で有名な科学者の村上和雄さんは本に以下のように記した。「遺伝子には細胞死のプログラムも備わっています。遺伝子は細胞の誕生、生産だけでなく、その死までプログラムしていると考えると、生と死は対立概念ではなく、片方があってはじめてもう片方も成り立つ相補関係、つまりペアになっているということがわかってくるでしょう」

インディアンの世界では、こう言われている。「人の正しい死に方は、生まれる時と逆にならなければならない。生まれる時は、人は泣きながら生まれてくる。しかし、死ぬ時には本人が大笑いして、周囲がその人と別れることが『嫌だー』と泣いてくれるのが最高の死に方」だと。

『いのちのバトン』(志村季世恵著)では、死を目前にした患者さんがこう語ったと記されている。「生まれるときは頭を下にして地球に落ちるようにして生まれてきた。いま死ぬ間際になり、頭を天井に向けてこの世から抜け出すように回っている」

生きるということと死ぬということが、つながっているのだと感じた。志村季世恵さんが、私が言いたかったことを、本の中に書いてくれた。「いのちの誕生と死。どちらも両極端なところに存在しているのに、どこかつながりがあることを感じています。死は終わりではない。
死んだあと、私たち残された人の心に宿るあの「いのちのバトン」をどう説明したらいいのでしょう」と。生と死は、本当に両極端なことなのに、うまく言葉ではいえないけれど、大きな視点でみると1つの流れになって、バトンのように何かを橋渡ししているような気がするのだ。

「いのち」について考えてみると、いま、ここに生かされていることの壮大さ、ありがたさをまざまざと見せ付けられる。生命の不思議とはよく言うけれど、イチバンわからないのが、「いのち」についてなんじゃないだろうか。どんな科学者も、一番単純な細胞である大腸菌1つすら作れない。そんな細胞60兆個からなる自分の体を、いまどう使って、どう生きればよいのか、自分の「いのち」をどう生かすのがよいのか。そんなことを最近はよく考える。

 

 

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