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先輩ママのコラム
子育てはもちろん楽しみたいけれど、でも、それだけじゃものたりない。このページでは、家事や子育てをしながらも、ひとりの人間として、積極的に社会にかかわっている素敵なお母さんの生の声を、コラムで紹介しています。
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最新号(第34回)
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福多唯(セルフディフェンス・インストラクター)
1969年生まれ。双子の妊娠・出産で、社会と隔てられた状態で生活する毎日の中、自分自身に向き合う。多胎児家庭の支援サークルに所属。多胎児育児の支援を通して、子どもの虐待問題に関心を深める。2002年に、WEN-DO(女性のためのセルフディフェンスプログラム)の普及活動のできる講師資格を取得。以来虐待防止活動や女性支援に関心を持つようになる。現在は、石川県で、母親支援・子どもへの虐待防止の相談業務や女性向けのセルフディフェンス講座、親子護身術講座などを開催している。⇒詳細を見る
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「悩みから逃げずに全力を尽くすと決めた」
「私には夢がある」用の文章なのにナンですが、私は夢を持てない人も
好きです。もうちょっと正確に言うと、悩みや辛さでジタバタしている人に、感動し、敬意を覚えることがしばしばあります。
何と言えばいいのでしょう、『辛い』と感じることのできるすごさ、みたいなことを思うのです。自分の内部でうごめいている何かに気づくことができないと、苦悩することはできないでしょうから。悩む人を見ると、「自分の内側の感じを察知できる」というその人の潜在的な力を感じることが多く、その力に、とても惹かれます。
私自身が以前、とても苦悩する人でした。『趣味:苦悩すること、特技:苦悩すること』みたいなタイプ。もちろん、当時、私本人は真面目に悩んでいたのですが。今は、当時の自分を愛おしく誇りに思う余裕も出てきました。
何にあんなに悩んでいたのかなぁ…。いろんなことがあったけど、乱暴に言ってしまえば、未熟さへの罪悪感と、そして自分が汚れ(けがれ)ていて、クリーンな人間ではないという事実にあがいていたような気がします。
特に、子どもを持ってからは辛かった。子どもは私にとってあまりにも『弱者』でした。私がその気になれば、すぐに亡き者に出来てしまうと考えていました。そのような存在と24時間毎日毎日顔を突き合わせ、絶え間なく湧き出てくる自分の攻撃性や醜さ・衝動に対峙しながら自分の『その気』を抑え続けた毎日は、子どもと楽しく過ごせるようになった今でも「もう二度とけっこう!」と感じるほどです。
私は、「どうして私という人間はこうなの?!」と知りたくて必死でした。自分で自分の成り立ちを把握できていなかったので、自分で自分の感情や行動や選択に納得/満足するということがありませんでした。だから、何をしてもしなくても迷う。常に「もっといい方法があったのでは?」「私はベストを尽くすことができていないのでは」と感じ、充足しない。自分で自分を褒めるなんて到底できませんでしたし、他人が褒めてくれても足しになりませんでした。
幸いなことに、その辛かった感じは今ではかなり少なくなっています。個人的な苦悩や子育ての悩みをきっかけに様々な人や学びとの出会いに恵まれましたし、天から与えられたとしか思えないようなチャンスもありました。 けど、そもそも、それらに巡り会えたのはなぜなんだろう?
私は努力家ではない(と自分では思っている)し、勤勉にコツコツと何かを積み上げるのも苦手で、長年継続している日課や習慣もありません。そんな私だけど、とことん辛さを味わい、悩み抜いたよなぁ…という実感だけは、ずっしりとあります。必死だったからこそ、そのプロセスでの出会いは私にとって重く貴重で、“今”につながってきた。そんな気がしています。
他人は「ぐずぐず悩むヒマがあるなら行動すればいいのに」と言うかもしれない。「悩んでも解決しない。行動あるのみ」という考え方もあるでしょう。でも、「悩まずに行動できるのがひとつの能力なら、悩み抜けるということもまた、ひとつの立派な能力だ!」。私は私自身の体験から、そう確信しています。
私には、悩みから逃げずに、とことん苦悩することこそが、全力の発揮につながりました。身体って不思議で、全力を尽くすと、次のステージに歩み出してくれるのですね。自分をいたわり休養することが苦手だった私が、罪悪感なく休めるようになったのは大きな成長です(疲れれば休みたくなるというシンプルな身体機能が健康に働くようになりました)。
ちゃんと疲れて、きちんと休むと、気持ちが少し落ち着いたり、ふと深い気づきを得られたりします。子どもに向き合う余裕も(“当社比”のレベルですが)出てきます。何より、全力を尽くすというプロセスを経たからこそ、ゆるがない自信や誇りを持つことができました。
いつか死を迎える自分を思えば、いつだって自分はまだ未熟で若いはず。だから、うじうじしたっていい。ジタバタすればいい。行動できない時期があってもいい。「大人になってもオムツをしている人なんていない」と子育てでよく言われるセリフは、今の私のよりどころです。オムツをつけている未熟な自分にOKを出しながら、できない自分/ダメな自分を愛しみながら、これからもやっていこうと思っています。
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このコラム連載をする理由 |
仕事や趣味、勉強、ボランティアなど、子供の母だけじゃない「自分」をもって生きたい人の、一歩を踏み出すキッカケになればと思い、連載を続けています。
「いくら仕事が楽しくても、家族を悲しませることはしたくない!」と思う母の心はみな同じ。時には仕事をセーブする勇気を持ったり、子どもはいずれ手が離れるので、そのときまで待とうと決心したり、焦らず無理のない仕事を少しづつしたり、とにかく今は、地道にスキルを磨くことに専念したり。
どれくらいの歩幅で、どのタイミングで、その一歩を踏み出すかは、それれの家庭とのバランスで違いますから、表現の仕方は、本当にさまざまです。しかし、それぞれが違った形で模索しながらもがんばっています。
子供を育てながらの仕事は、もちろん簡単じゃない。でも、それでも、何かに突き動かされるように動いて、現在奮闘している、先輩ママ。その生の声をぜひ参考にしてください。悩んでいるのはあなただけではありません。
このコラムを読んで、少しでも勇気付けられたならば、とてもとても、うれしいです。
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