森本光由希さんフリーライター
 

1967年大阪生まれ。大学卒業後、ワンマン社長の秘書をする。そこで辛辣な社長の言葉を、受け入れやすい言葉に翻訳して伝える工夫し、今日のコミュニケーション力の基礎をつくった。12年間の専業主婦生活を経て2006年アイムパーソナルカレッジにてライター修業。2007年ライターとしてスタートする。「今はまだ助走段階だが、もっともっと全力で走るよ!」起業家やフリーランスなど自分をマネジメントしつつ輝いている女性を応援するライターになるのが夢。

  ◇個人ブログ ⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/putiputiyukkii/
 

 

 

いつだって一生懸命

   
   

■専業主婦

「私がお母さんになったら、働かずに家にいる」10歳の時にそう決めた。6歳からかぎっ子だった私は、立て付けの悪い玄関の戸が開けづらく、いつも心細かったから。

10歳の決断通り、私は専業主婦になった。ほどなく夫が転勤になり、見ず知らずの土地に移り住む。その地で唯一頼れるはずの夫は、深夜にしか帰らない。子どもたちは人見知りがはげしく、預けることなど考えられなかった。「全部、私ひとりでやらなくちゃ」体力は限界でも、倒れるわけにはいかない。いらだちが子どもや夫に向うなんて日常茶飯事。子どもが寝た後、食事の後片付けもせず、呆然と夫の帰りを待っていたこともあった。夫を見るなり泣き崩れる。原因はいつも自己嫌悪。

「今日も怒鳴ってしまった。『いいお母さん』になれない!」
理想ばかり追いかけて、一生懸命が空回りしていた。

■テニスが全ての始まりだった

そんな頃、ママ友からテニスに誘われた。

「まだ末っ子は1歳半だし…」
本当はやりたいのに、口から出るのはブレーキばかり。でも彼女の答えは軽かった。

「ウチも1歳だよ」
「うちの子、すごい人見知りだから迷惑かけるし…」
「ウチだって泣くよ。でもさ、子どもってすぐに慣れるよ」

子供を泣かせてまで、自分が楽しんでいいの? 母が犠牲になることは当り前でも、自分の趣味のために子供を犠牲にするなんて、自分勝手な鬼ママみたい。

結局、やりたい気持ちは止められず、「1回だけなら…」と参加した。子どもが気がかりで楽しめないのでは・・・なんて杞憂は、ものの5分で忘れ去られた。ただボールを追いかけること、頭の中が空っぽになることが、どれほど爽快だったことか。母になってから初めての感覚だった。私はどっぷりハマってしまった。

■ツキモノを落としてくれた集団保育

一緒にテニスを始めたママ友は8人。その子どもたちは総勢18人! 私たちは、4人ずつ練習に行き、残りが18人を保育した。この集団保育は、18人もいる大変さより大勢の楽しさの方が大きくて、私から変なツキモノを落としてくれた。

私にはずっと、理想の子ども像があったようだ。子どもは元気で素直、明るくて食いしん坊・・・。そんな勝手な幻想にわが子が当てはまらないから、苛立ちと焦りを覚えていたのだ。

だが、集団で子どもを見ていると、それぞれの個性が浮きあがって見える。やんちゃもいれば、引っ込み思案もいる。泣き虫も、すぐ叩く子や噛む子もいた。みんな長所と短所の両方を持っていた。うらやましいほど元気な子の親はその乱暴ぶりを嘆き、美味しそうになんでもよく食べる子の親は肥満を恐れていた。親はわが子の短所だけがよく見えて、みんな悩んでいた。子どもの事でイライラしていたのは、私だけではなかった。みんな似たような悩みを語り合い、笑い飛ばした。重く辛い育児が軽やかになった。

「ひとりで抱えていたから辛かったんだ。仲間がいれば、育児って楽しい!」

わが子たちも、ママ友の最初の言葉通り、すぐに慣れて友達と楽しく遊び始めた。それにテニス後の私は心穏やかで、子どもたちや夫にやさしくなれた。
「ママだって楽しんでいいんだ!」

■子どもから見た母

その後、我が家は何度か転勤し、そのたびに新しい仲間を探した。もうひとりでは抱えられないから、どこへ行ってもいろんな人とネットワークを作った。以前の私のように、ひとりで抱えている人も誘った。

ネットワークの目的は、子どもの年齢やその時の興味、出会った人などによって、変わっていった。テニスに保育ボランティア、フェミニズムに講演会企画・・・。いつも「何か」はしていたが、転居のたびに変わる「つまみ食い」ばかりだ。だが、やっと仕事を再開した今、「無駄なことは何もない」と思う。専業主婦で育児に悩み泣き叫んだことも、無駄ではなかった。経験したからこそ、書けるものがある。ライターとなった今、全ての経験は財産である。

わが子たちは、去年、母が「仕事」を始めても何も変わらなかった。
「また何か始めたのね」

専業主婦でいた12年間、私は人生からリタイヤしたようで悲しかった。でも、子どもたちにとっては、ずっと何かをする母だったようだ。
「お母さんは家のことだけをする人じゃない」

「仕事」「給料」にこだわって「認められない」と、私が勝手に嘆いていたのかもしれない。子どもたちには、「給料」より「一生懸命な姿」が大切なのだろう。子どもの方が、本質を見抜いている。

だから、これからも今を一生懸命に生きようと思う。仲間を作って楽しく生活しよう! その姿を見せれば、子どもは勝手に育っていくと思う。そして、子どもに育てられて、親も成長できるはずだ。

     
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