| 牛島のり子さん(特定非営利活動法人アサーティブジャパン専属トレーナー) | ||||
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◇NPO法人アサーティブジャパン http://www.assertive.org/ |
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「どんな自分にもOKを出そう。あなたにはその価値がある」 |
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私が出産したのは、34歳のとき。それまで自分が何をやりたいのか、どう生きていきたいのかがさっぱりわからず、OLをはじめさまざまな職種を経験ながら、いつも迷いながら生きてきたように思います。 そして20代も後半になって、やっと出会ったのが、鍼灸や指圧などの東洋医学という分野。「これだ!」と思うものに出会えた喜びを得て、その後は働きながら大変な思いをして学校を卒業し、自分の一生の仕事として東洋医学に取り組んでいく「はず」でした。 しかし。 夢だった「その道での独立」もはたし、仕事をやっていても、ちっともわくわくしない。なんかちがう。私の夢だったはずなのに・・・。結局あれだけのお金と時間とエネルギーをつぎこんだ結果わかったことは、私は東洋医学を「勉強すること」は好きだけど、「仕事としてやっていく」のは好きではないという事実でした。 この事実を受け入れるのは苦しく、かなり時間がかかりました。 そのときのことをよくおぼえています。 結婚しても子どもが出来ても、夫とは対等なパートナーでいたいとずっと願ってきた私。でも私がお金を稼いだり仕事で能力を発揮したりすることができなくなることで、彼との対等性が、どこかで崩れてしまうんじゃないかと怖くて、無理して貯金を削って生活費を入れていたのです(今思うと、なんてばかなことをしていたんだろう!と思います。でも、そんなふうに自分のことをぎりぎりの線で守ろうと必死だった当時の自分のことが、今はいとおしくてたまりません)。 そして出産後、ついに自分の貯金も底をついたとき、私がそれまで必死で守ろうとしていた「対等なパートナーシップ」という幻想が、自分の中でがらがらと崩れていくのを感じました。当時の私にとって、「やりがいのある仕事をすること」と「お金を稼ぐこと」のどちらもできない自分なんて、「まったく価値のない人間」であり「夫と対等ではない劣った存在」にすぎなかったのです。 自分がとるにたらない人間に思えてしまう。目の前の子どもは泣くばかり。単調な日々。そんな無力感のなかで子育てしていたある日のこと、まるで突然の啓示のように私の中に舞い降りた、ある「ことば」がありました。 神様 私にお与えください。 この「お祈り」自体は何年も前から知ってたのに、このとき初めて落雷のように自分の中に落ちてきたのです。私はずっと、自分には変えられないものを変えようとして空回りしていたんだ、ということに、はじめて気づいた瞬間でした。 私の子育ては、無力感のどん底からスタートしました。でも、その無力感を本当に受け入れることができたときに、大きな壁を乗り越るきっかけになったのだと思っています。 不思議なもので、あの無力感をくぐりぬけて数年たった今、私は天職ともいえる今の仕事についています。 今の私は、あの当時とちがってやりがいのある仕事をし、そのことで充分なお金を得ています。そんな私だからこそ、当時とは全く逆のことを、今ははっきり言える自信があります。 いま私は、日々迷いながら子育てをしているお母さんたちや、自分の人生を模索しながら生きている人たちに向かって、トレーニングを通してそのメッセージを運んでいます。それはきっと、「あの日の私」に「よくがんばってきたね」と伝えつづけることでもあるのでしょう。 |
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