牛島のり子さん(特定非営利活動法人アサーティブジャパン専属トレーナー)
 

1961年福岡生まれ。 地元の高校を卒業後、20代はOLとして働く。30代に入ってから東洋鍼灸専門学校夜間部に入学。卒業後、鍼灸・指圧師としてからだとこころのケアにたずさわる。94年に「自分も相手も尊重するコミュニケーション」であるアサーティブ・トレーニングに出会う。その後薬物依存症の社会復帰施設スタッフとして働くかたわら、アサーティブジャパン主催のトレーナー養成講座を修了。トレーナーとしての研修を経て、2001年よりアサーティブジャパン専属のアサーティブネス・トレーナーとして活動を始める。全国各地の公民館・女性センター・大学・企業等での講師を務めるほか、病院の医療スタッフや中間施設での研修でもトレーニングを行う。 小学生の一男一女の母。

 

◇NPO法人アサーティブジャパン http://www.assertive.org/
◇プロフィール詳細 http://www.assertive.org/05/usijima.html

 

 

 

「どんな自分にもOKを出そう。あなたにはその価値がある」

   
   

私が出産したのは、34歳のとき。それまで自分が何をやりたいのか、どう生きていきたいのかがさっぱりわからず、OLをはじめさまざまな職種を経験ながら、いつも迷いながら生きてきたように思います。

そして20代も後半になって、やっと出会ったのが、鍼灸や指圧などの東洋医学という分野。「これだ!」と思うものに出会えた喜びを得て、その後は働きながら大変な思いをして学校を卒業し、自分の一生の仕事として東洋医学に取り組んでいく「はず」でした。

しかし。

夢だった「その道での独立」もはたし、仕事をやっていても、ちっともわくわくしない。なんかちがう。私の夢だったはずなのに・・・。結局あれだけのお金と時間とエネルギーをつぎこんだ結果わかったことは、私は東洋医学を「勉強すること」は好きだけど、「仕事としてやっていく」のは好きではないという事実でした。

この事実を受け入れるのは苦しく、かなり時間がかかりました。
「夢を実現して生きていく」という夢そのものが「なんかちがう」ことに気づき、愕然として自分がすっからかんになってしまったまさにその時期に、最初の妊娠をしたのです。

そのときのことをよくおぼえています。
当時私の中に渦巻いていたのは、
「私には夢をかなえて生きていく能力がない」
「これからきっと、子育てしながらつまんないおばさんになっていくんだ」
という、惨めな思い。
その惨めさを振り切るように、おなかがだんだん大きくなって仕事ができなくなっても、ずっと私は自分の貯金の中から夫と同じ額だけの「生活費」を家計に入れ続けました。なぜかというと、そうすることが、唯一私の自尊心を守ることだったのです。

結婚しても子どもが出来ても、夫とは対等なパートナーでいたいとずっと願ってきた私。でも私がお金を稼いだり仕事で能力を発揮したりすることができなくなることで、彼との対等性が、どこかで崩れてしまうんじゃないかと怖くて、無理して貯金を削って生活費を入れていたのです(今思うと、なんてばかなことをしていたんだろう!と思います。でも、そんなふうに自分のことをぎりぎりの線で守ろうと必死だった当時の自分のことが、今はいとおしくてたまりません)。

そして出産後、ついに自分の貯金も底をついたとき、私がそれまで必死で守ろうとしていた「対等なパートナーシップ」という幻想が、自分の中でがらがらと崩れていくのを感じました。当時の私にとって、「やりがいのある仕事をすること」と「お金を稼ぐこと」のどちらもできない自分なんて、「まったく価値のない人間」であり「夫と対等ではない劣った存在」にすぎなかったのです。

自分がとるにたらない人間に思えてしまう。目の前の子どもは泣くばかり。単調な日々。そんな無力感のなかで子育てしていたある日のこと、まるで突然の啓示のように私の中に舞い降りた、ある「ことば」がありました。

神様 私にお与えください。
自分に変えられないものを 受け入れる落ち着きを、
変えられるものは 変えてゆく勇気を、
そして二つのものを 見分ける賢さを。
(平安の祈り:アルコール依存症者の12ステッププログラムで使われる祈り)

この「お祈り」自体は何年も前から知ってたのに、このとき初めて落雷のように自分の中に落ちてきたのです。私はずっと、自分には変えられないものを変えようとして空回りしていたんだ、ということに、はじめて気づいた瞬間でした。

私の子育ては、無力感のどん底からスタートしました。でも、その無力感を本当に受け入れることができたときに、大きな壁を乗り越るきっかけになったのだと思っています。
「これでいいじゃないか。ゆっくりいこう」
あのとき、涙と一緒に腹の底からわきでてきたこの言葉が、今でも私を支えてくれています。

不思議なもので、あの無力感をくぐりぬけて数年たった今、私は天職ともいえる今の仕事についています。
「自分自身を本当に大切にすること。そして親密さの中でも相手と本当に対等で率直な関係を築いていくこと。自分の気持ちに正直になって、堂々と生きていくこと」
そんな考え方を土台にした「アサーティブネス」というコミュニケーションのトレーナーとして、全国各地にそのメッセージを伝えるお仕事です。あのとき無力感のどん底までいった体験は、きっと今この仕事をするために、わざわざ神さまが与えてくださった贈り物だったのかもしれません。

今の私は、あの当時とちがってやりがいのある仕事をし、そのことで充分なお金を得ています。そんな私だからこそ、当時とは全く逆のことを、今ははっきり言える自信があります。
それは、たとえ仕事や特別な活動をしていなくとも、お金を稼いでいなくとも、立派な母親でなくても、家事が上手に出来なくても、あなたはここにいるだけで価値のある人間なんだということ。自分がどんな状況や立場に置かれていても、身近な人と対等な関係をつくっていけるんだということ。

いま私は、日々迷いながら子育てをしているお母さんたちや、自分の人生を模索しながら生きている人たちに向かって、トレーニングを通してそのメッセージを運んでいます。それはきっと、「あの日の私」に「よくがんばってきたね」と伝えつづけることでもあるのでしょう。

     
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