年間に3万人台の自殺者が出るという現代日本。一日に換算したら100人。未遂者はその十倍と言われる。今日一日だけでも約1000人が日本のあちこちで自殺を試みたことになる。
つい最近も私の寺に、(投身)自殺未遂一歩手前までいったという20代の女性がやってきた。不遇な家庭環境。十年間にわたる心を病んだ生活。そして自死寸前までのストーリーを聞くと、やはりこれまでに出会った自殺未遂者たちと似たパターンが浮きあがった。いい「出会い」ができていないのだ。「出会い」を仏教語では「縁」という。
「良き縁に触れ、良き縁となし、良き縁となる」
ブッダの8万4千本といわれるメッセージをざっくりとまとめると、そんな言葉に集約されるのではないかと最近思っている。他の仏教用語を用いれば、「善友、智慧、慈悲」。料理になぞらえれば、「買い物、料理づくり、提供」。美味しくて栄養のある料理は、私たちの生命力をイキイキと活性化する。同様に良き縁は、人に喜びと智恵をもたらし、共に幸せに生きる道をひらく。
上述の20代女性は自殺決行寸前に良き縁に触れた。自死を思いとどまり、私の寺に来ることになった。そして一週間、良き縁となす技を磨き、良き縁となる自信を得た。来たときとは見違えるほどの明るい表情で人生を再スタートした。
仏教でいう「縁」は、人との出会いだけにはとどまらない。環境と接触する際に生ずるあらゆる感覚体験、内面に生ずるさまざまな心の体験。それらすべてを「縁=出会い」とみなす。「瞑想」とは、そういったひとつひとつの「縁=出会い」を大切にし、苦しみの種にするのではなく、喜びと智慧に昇華させる、そんな心の育成法でもある。たとえどんな縁に触れようと、心「くさらせる(腐らせる)」ことなく、心「くさる(苦去る)」ことができるようになるのだ。
とりわけ「気づきの瞑想」は、コツさえちょっとつかめば、私たちの日常生活のひとコマひとコマにおいて実践できる。お料理も、お掃除も、会社での仕事も、子育ても、友人たちとのたわいない会話も、そっくりそのまま瞑想になる。それによって、悩み苦しみ、不必要なトラブルは減る。人間関係も良くなり、仕事のパフォーマンスも上がる。人生のクオリティをどんどん高めていくことができる。
今回、日本一時帰国中に伊勢という日本人の心の故郷とも言える土地に立ち寄り、ブッダのメッセージと瞑想法をお伝えできるご縁をいただくことになった。
尊きご縁に心より感謝し、みなさまとの一期一会の出会いを楽しみたい。(プラユキ・ナラテボー)
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