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起業のキッカケは、代表の和田の隣にたまたまいたから。

■インタビュアー:「私には夢がある」(以下「夢ある」)は、2002年7月に和田清華さんと岩崎久美さんで起業されたそうですが、一緒に起業することになった経緯を教えてください。

■岩崎:「夢ある」で働きはじめて、もうすぐ5年になります。なぜこの会社で働くことになったかというと、前職の出版社勤務時代に、たまたま和田と知り合い、飲み会で隣の席になったのです。そのとき和田が「私、会社作ろうと思うんだ」といったのを聞いて、ものすごくびっくりしたんです。年も同じ、職業も同じ女性が、そんなことを考えているのがとにかく驚きで。その頃の私はとくに大きな夢もなく、仕事も失敗ばかりで、ひたすら編集の仕事を覚えるのに精一杯だったから。「すごーい。いいなー!」といったら、和田が「じゃあ一緒にやる?」って言いました。もうこれは飛びつくしかないと思いました。反射的に「やる!」って叫びました。それから数ヶ月経って、和田が社長で私は社員という形でスタートしました。

 

 

生真面目で受身なタイプでした。

■インタビュアー:前の会社では、どんな風に仕事をしていましたか?

■岩崎:私の仕事に対する意識は、今とはだいぶ違っていました。昔の私は、言われたことを、相手が望むように1ミリもずれずにすることを、いつもゴールに置いていました。つまり、自分で考えてないってことなんです。言われたことしか、やらない。言われていないことをしてはダメだと、どこか思い込んでいました。多分、それが楽だったからだと思います。

やる気が空回りするようなところがありました。前の会社でも、新入社員でまだ仕事がたくさんない時期はとにかく会社にかかってきた電話は全部自分が出ようと張り切っていました。でも、社員の名前と顔を覚えていない状態だったので、スムーズに取り次げなかったり。また、会社で出している本は全部読もうと、本棚の端から1冊づつ取り出し、全部読んでいましたね。だから、努力の方向はちょっと間違ってるとよく言われます。料理本の辞書とかも、真面目に読んでいて、「それはそういう読み方はしないでしょう」と言われたり。

 

 

成長したのは、自分で考え始めてから。

■インタビュアー:それだけ打ち込んでいた編集の仕事をやめる時、迷いはなかったのですか。また岩崎さんと言えば、「脅威のスピードで成長する」と周りから言われるそうですが、どんな風に変わってきたのかを教えていただけますか?

■岩崎:迷いはなかったです。その時の会社も好きだけど、和田と一緒に働くことのほうが、もっと楽しそうだと思ったから。成長に関しては、私はスタートラインが低いので、少し成長しただけでもものすごく落差が感じられるから、周りからはそう見えるのだと思います。成長って「振れ幅」があると見えやすいからです。でも、見えないところでの意識の成長という面では、段階というか、その度ごとのステージがあって、1段づつ登って自分の視点が変わったのは感じています。自分で「この仕事をしたい」と言い出したころに、言われたことをやる受身体質から、自分の中から出てきた、やりたいことをする能動体質に変わった。それは大きな1段でしたね。その次は、「自分がやりたいと思った仕事をしていても、ただ結果が出ればいいとかいうことではなく、もっとよくするにはどうしたらいいだろう」という発想に転換しました。「自分で考える」段階に入ったんでしょうね。「受身→自分発の動機→考える」という、私の中では成長の3ステップがあったように思います。多分、仕事が出来る人から見ると、何のことはないステップなのかもしれません。それだけ、スタートが低かったということでもあるのですが、私にとっては、一つ一つが大事な階段でした。だから、見えない意識の部分の成長を、これからもっとしていきたいと思っています。

 

 

社長という肩書きを手放してもいいと思ったら、楽になった。

■インタビュアー:会社設立後2年たった2004年12月に社長になられましたが、そこで何か変わったというのはありますか?

■岩崎:いいえ。あまりにも変わらなくて、逆に和田に怒られたほどです。社長になってからの2年間は、社長という意味では、ほとんど変われませんでした。社長という肩書きに依存していたんだと思います。変わりはじめたのは、最初の任期2年が切れるころでしょうか。もう社長終わるんだと思ったら、さみしいなと思ったんです。肩書きに執着している自分がいました。でも、ある研修で、社外の人と一緒に仕事をした時に強烈に感じた「参加することの大切さ」を味わってから、私の意識も変わりました。それまでは「早く決めて。決めてくれればやるから」というどこか無責任な自分もいたのです。議論するメンバーの中にはいても、実際は参加していないんですね。でもお互いが意見を出し合い、参加モードで1つの研修を作り上げた経験から、「こういう感覚が大事なんだな。これは別に社長じゃなくてもできる。じゃあ社長じゃなくてもいいや」って思えたんです。手放してもいいと思えたときに、やっと社長という肩書きと対等になれたように感じました。

 

 

観客よりも舞台に上がったほうが、もっと楽しい。

■インタビュアー:岩崎さんのように、少し受身だったり、参加できずに自分から距離を縮められない人は、どうしたらいいと思いますか?

■岩崎:1回、舞台に立つことでないかなと思っています。観客ではなく、自分が主人公として舞台に立つと、その楽しさにやみつきになるというのが、私の感覚でした。たとえば、野球も、応援するのも楽しいけれど、きっと、自分でプレーしている人は、もっと楽しい。もちろん、大変なことも沢山なると思うけれど、それも含めて、楽しい。オリンピックを見て感動するのももちろん素敵ですが、それだけじゃなくて、自分自身にも、感動したいって思っています。その楽しさは、臆病で受身な自分の一線を超えないと分からないことだけれど、でもその一線の重みは大きいです。自分が主役の人生を生きてみようって私は思っています。それは、自分勝手に生きて、みんなを脇役にしようという意味では無くて、みんなが、自分の人生の主人公は、自分だと思えたら、すごく素敵だなと思うのです。同じように内心では思っている方が、もしいたとしたら、言いたいです。「こっちにおいでよ。もーっと楽しいよ!」って。

【備考】2007年4月17日にインタビュー。インタビュアーは森田。

 

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岩崎久美(いわさきくみ)

有限会社 私には夢がある 社長
岩崎久美(いわさきくみ)。1976(昭和51)年12月20日、埼玉県生まれ。埼玉大学卒業後、旭屋出版(外食関係の専門誌を発行する出版社)に入社。書籍編集を担当後、2002年3月に同社退職。有限会社 私には夢があるの設立メンバーとして、セミナー・ワークショップの企画・運営に携わる。04年12月取締役社長に就任。08年2月社長退任後は、取締役に。日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー。心理学やワークショップを取り入れた研修なども行っている。 行動哲学は、「かっこ悪く、あきらめない」。
◇詳細プロフィール→詳細を見る





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